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道心の中に衣食あり

― 小欲を離れ、大欲に生きる ―



魔術と欲


芥川龍之介の短編小説『魔術』は、人間の欲を題材にしたもので、谷崎潤一郎が書いた『ハッサン・カンの妖術』(注1)が下敷きになっています。

物語は、時雨の降る或る晩、主人公の「私」が、以前から魔術を見せてもらう約束をしていたインド人の魔術師マティラム・ミスラ君の家を訪ねるところから始まります。

ミスラ君は、かねてよりインドのイギリスからの独立を願い、活動しているカルカッタ生まれの愛国青年で、ハッサン・カンという有名な魔術師から、婆羅門の秘法を学んだ魔術の大家でもありました。

ミスラ君の家を訪問した「私」は、召使いのお婆さんにミスラ君の部屋へ案内されますが、その部屋は、真ん中にテーブルが一つ、壁際に書棚が一つ、窓の前に机が一つ、二人が腰掛けている椅子が二つ、そして、緑地に赤の花模様が織られたテーブル掛けの上に、うすぐらい石油ランプが置いてあるだけの質素な西洋間で、いかにも魔術が行われるのにふさわしい雰囲気の部屋でした。

ミスラ君から勧められた葉巻をくゆらせながら、これから始まる魔術について、「確かあなたのお使いになる精霊は、ジンとかいう名前でしたね。すると、これから私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか」と尋ねると、ミスラ君は、薄笑いを浮かべ、「ジンなどという精霊があると思ったのは、もう何百年も前の事です。……私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。たかが進歩した催眠術に過ぎないのですから。───御覧なさい。この手を唯、こうしさえすれば好いのです」と言って、二、三度「私」の目の前で三角形のようなものを描いたかと思うと、次々と不思議な魔術を繰り出したのです。

例えば、テーブル掛けの花模様の花を実際につまみ上げたり、元に戻したり、テーブルの上のランプを、手も触れずに独楽のようにグルグル回したり、書棚に向って手招きして、書棚の本を一冊ずつ、コウモリが羽ばたくように飛ばし、テーブルの上に積み重ね、再び書棚の元の位置に戻したりしたのです。

呆気にとられた「私」は、先ほどミスラ君が「私の魔術は、あなたでも使おうと思えば使えるのですよ」と言った言葉を思い出し、「私でも使えるというのは、ご冗談ではないのですか」と尋ねると、「誰にでも造作なく使えますよ。唯───、欲のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず欲を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか」と尋ねられたので、私は「出来るつもりです」と答えました。

すると、ミスラ君は、「魔術を教えるには暇がかかるから、今夜はここへ泊まってください」と言って、召使いのおばあさんに、お客さんの寝床の仕度をするよう、指図しました。

魔術を教わってから一月余りが経った或る雨の降る晩のことです。

銀座のクラブで五、六人の友人たちとお酒を飲みながら雑談していた「私」は、友人から、魔術を見せて欲しいと頼まれ、ミスラ君から教えられた魔術を披露します。

みんなの見ている前で、暖炉の中に燃え盛る石炭を素手でつまみあげ、その石炭を床に勢いよく投げつけると、粉々に飛び散った石炭が無数の金貨となって、床の上にこぼれ落ちたので、一同は目を丸くして驚き、それが本物の金貨である事を知った狡猾な友人が、「この金貨を元手にカルタをしよう」と言い出したのです。

「私」は、「この魔術は、一旦欲心をおこしたら、二度と使えなくなるから、この金貨はすべて元に戻さなければいけない」と言って断り続けますが、最後は根負けしてカルタをやる羽目になりました。

ところが、カルタを始めると、「私」は面白いように勝ち続け、とうとう元手の金貨の倍ほども勝ってしまったのです。負け続けた友人は、怒りが収まりません。とうとう、自分も一切の財産を賭けるから、「私」にも、いままで勝った金貨すべてを賭けるよう言い出しました。

それを聞いた瞬間、「私」は、起してはならない欲心を起してしまったのです。ここで負ければ、元手の金貨と、勝って得た金貨のすべてを失くし、勝てば、相手の一切の財産を含めて、すべてを手に入れる事が出来るのだから、いま魔術を使わなければ習った意味がないと、密かに魔術を使い、カルタに勝ってしまったのです。

勝ち誇った「私」が、相手の目の前へ、勝った札を差し出すと、何と札に描かれたキングが、まるで生きているかのように起き上がり、気味悪い薄笑いを浮かべて「おばあさん、お客さんは帰られるそうだから、寝床の仕度はしなくてもいいよ」と、聞き覚えのある声で話しかけるではありませんか。

ふと気がついて辺りを見回すと、そこは、何と「私」が魔術を教えて欲しいと頼んだミスラ君の家でした。「私」は、石油ランプの薄暗い光を浴びながら、ミスラ君と向かい合って座っていたのです。

一月も経ったと思っていたのは、ミスラ君がかけた催眠術の中で見た夢で、まだほんの数分しか経っていなかったのです。

ミスラ君は、気の毒そうな目つきをしながら、最後にこう言いました。

「私の魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければなりません。あなたは、それだけの修行が出来ていないのです」


奇跡を起す催眠術


物語の概略は以上の通りですが、ミスラ君が使った魔術とは、一体何だったのでしょうか。

「私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。たかが進歩した催眠術に過ぎないのですから」と言っている事から、催眠術の一種である事は間違いないでしょう。

しかし、「ハッサン・カンの魔術を習おうと思えば、まず欲を捨てなければいけません」と言っているように、欲を捨てなければ出来ない催眠術なのです。

たかが催眠術を習うのに、何故、欲を捨てなければいけないのか。その理由は、ミスラ君がおこなった催眠術を見れば分ります。

ミスラ君は、催眠術を使って、テーブル掛けの花模様の花をつまみ上げたり、元に戻したり、テーブルの上のランプを、手も触れずに独楽のようにグルグル回したり、書棚の本を手招きして、一冊ずつテーブルの上に積み重ね、再び書棚の元の位置に戻したりしたのです。

種のあるマジック(奇術)ならともかく、現実にこのような事を起すのは不可能です。もし起せたら、奇跡と言っていいでしょうが、ミスラ君は、その奇跡を、催眠術を使って起したのです。

つまり、ミスラ君がおこなった催眠術は、ただの催眠術ではなく、奇跡を起せる催眠術だったのです。この催眠術を魔術と呼んでいるのは、その為でしょうが、そうだとすれば、奇跡を起せる特別な催眠術を会得する為には、欲をすてなければいけないと言っている意味が分るような気がします。

何故ミスラ君は、たとえ催眠術であっても、欲を捨てなければ奇跡は起せないと言ったのでしょうか。それは、奇跡というものが、欲と対極にあるものだからです。


この世に起す奇跡とは


人間には、五欲(食欲、財欲、色欲、睡眠欲、名誉欲)をはじめとして、様々な欲があります。欲は、人間が生きてゆく上においてなくてはならないもので、人類が進化してきたのも、欲があったからだと言っても過言ではありません。

しかし、その一方で、様々な欲が、人間を悩ませ、苦しめているのも事実です。欲がなければ、争う事も、奪い合う事もなく、人類は今よりもっと平和に暮らせたかもしれません。

その使い方を間違えなければ、これほど人類の発展にとって有益なものはありませんが、ひとつ使い方を間違えれば、人類を滅ぼしかねない危うさも併せ持っているのが、欲望という諸刃の剣なのです。

欲望の赴くままに生きてゆけば、私たちの目の前には、荒涼とした苦しみの世界が果てしなく続くだけです。しかも、欲望の追求によってつくる苦しみの世界には終りがありません。つまり、欲望を離れない限り、私たちには、苦しみの世界から逃れる術がないのです。

しかし、欲望を離れなければいけないと言われても、中々離れられないのが現実であり、それが、迷える凡夫の悲しい性(さが)と言えましょう。

苦しみから逃れられなくてもいいから欲望の赴くままに生きるか、それとも、苦しみから逃れるために欲望を捨てるか、進むべき道は二つに一つしかありませんが、もし捨て難い欲を捨てずに、苦しみの世界から救われれば、まさに奇跡と言っていいでしょう。

ミスラ君に、「欲を捨てずに救われる、そんな奇跡が起せるのですか」と尋ねたら、彼は何と答えるでしょう。きっとこう答える筈です。

「起せますとも。誰でも奇跡を起せますよ。しかも魔術を使わずに」


道心の中に衣食あり。衣食の中に道心なし


皆さんは、「欲がなければ人間は生きてゆけないし、人類の発展も止まってしまう。だけど、欲を捨てなければ救われないし、欲を捨てようと思っても中々捨てられないのが現実だ。欲を捨てずに苦しみから救われる道などある筈がない」と思われるかも知れませんが、実は、欲にも、小欲と大欲(たいよく)の二つがあるのです。

小欲とは、欲が小さいという意味ではなく、自分だけの幸福を追求する利己的な欲のことです。利己的な欲の中でも特に欲深い強欲や貪欲も、この小欲に含まれます。

大欲とは、欲が深い(強欲、貪欲)という意味ではなく、社会全体の幸福を願い、万人の利益を計ろうとする欲のことです。人々を救うためにご苦労なさったお釈迦様やお大師様や菩薩様や古今東西の聖者は、みなこの大欲を生きられたお方であると言えば、大欲が何を意味するかお分かり頂けるでしょう。

ミスラ君が、主人公の「私」に、「魔術を習おうと思ったら、先ず欲を捨てなければいけません」といったのは、勿論、自分だけの幸福を追い求める利己的な小欲の事であって、大欲の事ではありません。大欲を捨てる必要はありませんし、大欲を捨ててしまっては、欲を捨てずに救いの世界を実現することは出来ません。

問題は、大欲を生きて救われるには、どうすればいいのかという事ですが、実は、この『魔術』を読んでいて、私の脳裏に浮かんだ言葉があります。

それは、伝教大師(注2)が説かれた「道心の中に衣食あり。衣食の中に道心なし」という言葉ですが、実はこの言葉の中に、「大欲を生きて救われる道」が示されているのです。

「道心」とは、文字通り「道を求める心」で、信心、菩提心、慈悲心、良心などと言われている心です。「衣食」とは、私達の日々の生活の事で、要するに、日々の生活の中に信仰があるのではなく、信仰の中に日々の生活がなければならないという意味です。

恐らく、これと正反対の生活を送っているのが、世間の人々ではないでしょうか。「生活が苦しいのに、信仰など出来る筈がない。生活があって初めて信仰する心の余裕も生まれるのだ。生活が第一で、信仰は二の次だ。衣食の中に道心あり、道心の中に衣食なしだ」とおっしゃる方が、殆どだろうと思います。

これを先ほどの小欲と大欲に置き換えると、どうなるでしょうか。

伝教大師がおっしゃった「道心の中に衣食あり。衣食の中に道心なし」は「大欲の中に小欲あり。小欲の中に大欲なし」となり、世間の皆さんがいう「衣食の中に道心あり。道心の中に衣食なし」は「小欲の中に大欲あり。大欲の中に小欲なし」となります。

どちらが正しいかは、一目瞭然ですね。社会全体の幸福を願う大欲の中には、自己の幸福を求める小欲も含まれていますが、自己の幸福を求める小欲の中には、社会全体の幸福を願う大欲は含まれていません。

つまり、「道心の中に衣食あり。衣食の中に道心なし。大欲の中に小欲あり。小欲の中に大欲なし」の生き方でなければ、「大欲に生きて救いを実現する道」は開けないのです。


戦わずして勝つ


皆さんは、「欲を捨てては、欲しいものも幸福も手に入れる事が出来ない」とおっしゃるかも知れませんが、小欲を捨てる事は、欲しいものを手に入れたり、幸福になるのを諦める事ではありません。

孫子(注3)の兵法に「戦わずして勝つ」という言葉があるように、大切なのは、「いかにして欲するものを手に入れるのが最善の方法なのか」という事です。

例えば、何かを手に入れようとすれば、誰でも、欲を起さなければ手に入らないと考えるでしょうが、これは、謂わば小欲によって手に入れる方法であって、孫子の兵法でいえば、無謀な戦争に突入するのと同じです。

しかし、欲を起さなくても、結果的に必要なものが手に入れば、それに越した事はありません。「戦わずして勝つ」とは、まさにこの事で、これが、大欲によって手に入れる方法なのです。

要するに、小欲を起して必要なものを手に入れようとするよりも、小欲を起さなくても、結果的に必要なものが手に入るようにした方がよいという事です。

何故なら、小欲によって手に入れようとすると、必ず小欲と小欲がぶつかり合い、争いや憎しみが生まれ、お互いを傷つけ合って罪を作り、苦しまなければならないからです。それによって手に入るのは、悪業と言う万年にも続く染み痕だけです。醜い戦争も、みな小欲と小欲の対立によって、もたらされるのです。

しかも、四苦八苦(注4)の中に、求めても得られない「求不得苦」という苦しみがあるように、小欲を起しても、欲しいものが手に入るとは限りません。むしろ、思うように手に入らないのが、現実なのです。

ところが、世間には、小欲をおこしていないのに、必要なものをちゃんと手に入れている人々がいます。一方で、欲を起しても得られない人々がいるのに、他方で、欲を起さなくても得ている人々がいるのです。この人たちは、戦わずして勝っている人々と言えましょう。

何故、こんな不思議な事が起こるのかと言えば、それが、この世の真理だからです。

そして、この真理に従って生きる道を教えているのが、伝教大師の説かれた「道心の中に衣食あり。衣食の中に道心なし」という教えなのです。


バブル経済崩壊が証明してくれたこと


バブル経済の崩壊によって、天上界から一夜の内に奈落の底へ堕ちた人々が大勢いましたが、バブルの崩壊は、伝教大師の言葉の正しさを、ハッキリ証明してくれました。

バブル経済の真っ只中、個人も企業も、猫も杓子も、社会的使命を忘れて、お金儲けに奔走していましたが、これこそ、伝教大師の言う「衣食」(小欲、物欲、強欲、貪欲)に狂った姿に他ならず、その結果が、バブル崩壊でした。

銀行は、膨大な不良債権をかかえて、青息吐息の状態に陥り、企業の倒産も、戦後最悪を更新しました。

要するに、人間の生きるべき道と、企業の果たすべき社会的使命を忘れ、ただ利己的な目先の利益(小欲)だけを追求する「衣食の中に道心あり」の生き方では駄目だという事が、バブル経済の崩壊によって、ハッキリ証明されたのです。


感謝で始まり感謝で終わる


では、伝教大師の説く「道心の中に衣食あり」とは、具体的にどういう生き方を言うのでしょうか。

以前、或る方に、「道心の中に衣食ありとは、信仰の中で日々の生活が営まれなければいけないという意味ですよ」とお話したら、「法嗣様、私はすでに信仰の中で日々の生活を営んでいます」とおっしゃたので、「どのような信仰生活を送っておられるのですか」とお尋ねしたら、「毎日、仏壇の前に座って、み仏を拝んでいます」とおっしゃいました。

伝教大師の言われる「道心の中に衣食あり」とは、ただ仏壇の前でお経を唱える事ではありません。朝、目が覚めてから、夜、床につくまでの生活全てが、「道心」によって為されなければならないという事です。

目が覚めたら、まず生かされている事への感謝の心を忘れてはなりません。耳を澄ませば、家の外から、チュンチュンと鳴くスズメの声が聞こえてきます。生きとし生けるものの躍動感と、生きている喜びが、鳥の鳴き声と共に伝わってきます。夜の間に心臓が止まって亡くなる方も少なくないのに、自分は今日も目覚めさせて頂けたと思えば、自ずと感謝の心が湧いてきます。

次に洗面所へ行き、歯を磨き、顔を洗いますが、水道の栓をひねり、サーッと水を流して顔を洗い、口をゆすいで終わりではなく、水道の蛇口をひねる前に、ここでも感謝の祈りを捧げたいものです。

お水は、謂わば神の水(ご神水)です。祈れば、ただのお水が、私達の身心を養う神の水、仏の水となるのです。

ご存知のように、私達の体は、ほとんど水で出来ています。胎児は体重の約90パーセント、新生児は約75パーセント、子供は約70パーセント、成人は約60〜65パーセント、老人は50〜55パーセントが水です。

不思議な事に、この地球も水に覆われている部分が70パーセントと、人間の子供とほぼ同じ割合です。地球が誕生してから46億年もの歳月が経っていますが、水の割合から言えば、地球の天体年齢はまだ子供という事になるのかも知れません。

また胎児の内は、母親の子宮の中にある羊水に守られて成長する事からも分るように、私達は、生まれる前から水に守られ、水と共に生きているのです。まさに水は、私たちの生命の一部であり、水に支えられている命なのです。

そう気が付けば、毎日当たり前のように使っているお水ですが、ただのお水とは思えません。私たちの命を支えて下さっている親様の血潮であり、ご神水なのですから、そのお水に手を合わせ、感謝の祈りを捧げても、決して罰は当りません。

食事をいただく時も、いただく前に、「有難うございます。いただきます」と祈りを捧げて、いただくことによって、食べたものが、健康な体を作る血肉となってくれるのです。

またお便所は、生きてゆく上で一番お世話になる場所ですから、中に入る前には、必ず祈りを捧げたいものです。法徳寺では、お便所の入口に、「お便所を汚す事はわが心を汚す事なり。いつも綺麗に使わせていただきましょう。オンクロダノウウンジャク」と書いた紙を貼ってありますが、「オンクロダノウウンジャク」というのは、不浄を除けるお力をお持ちの烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の御真言です。

この御真言を書いた護符を貼ってあるのは、お便所を汚くしていても、烏枢沙摩明王様が不浄を払って下さるからではありません。そんな虫のいいお願いをしても、烏枢沙摩明王様は聞いてくれません。

お便所は、家の中で最も汚れやすい場所だからこそ、烏枢沙摩明王様のお世話にならないよう、いつも綺麗に使わせていただく事を心がけるための護符なのです。

こうして、生活そのものが信仰の心、感謝の心、祈りの心によって支えられていくのが、伝教大師のいう「道心の中に衣食あり」の生活なのです。


何事も感謝の心で


こう言うと、「法嗣様、それは無理です」とおっしゃる方がいたので、「どうしてですか」とお聞きしたら、「私達はお坊さんではないから、朝から晩までお坊さんのように拝んでばかりいられません。会社へ行けば仕事もあるし、家では子育てもあるし、そんな事は無理です」とおっしゃいました。

確かに、会社へ行けば、お仕事があり、会社同士の競争もあるでしょう。子育ても、並大抵の苦労ではありません。しかし、だからこそ、どのような気持ちで仕事をするか、どのような思いで子供を育てるかという事が大切なのではないでしょうか。

商品を売るにしても、ただお金儲けの事だけを考えて、何とかして売りつけようというような気持ち(小欲)で売るのと、「買って下さる方がいるから、こうして会社が成り立っていくのだ。売るのではなくて、買っていただくのだ。この商品が少しでも世の中のお役に立てば、こんなあり難い事はない」という気持ち(大欲)で売るのとでは、雲泥の差があります。

要するに、自分の事だけを考えて売るのか、人や社会のお役に立てる事を喜びとして売るのかです。小欲は信用を失くし、大欲は信頼を勝ち取る事は、過去の様々な成功例や失敗例を見れば明らかで、自分の目先の利益だけを考えていては、人の心をつかむ事はできません。思い方一つで、売れるものも売れなくなるのです。


神からお預かりした子


最近は、子供を虐待する親が増えていますが、これも、「衣食の中に道心なし」の結果ではないかと思います。

子供を虐待する親に、「この子は誰の子ですか」と尋ねたら、きっと「私の子に決まっているでしょう」という答えが返ってくるでしょうが、子供は、産んだ人の子ではありません。

子供は、神仏から一時的にお預かりしているだけの預かり子なのです。ですから、将来社会のお役に立てる立派な人間に育てて、世の中に送り出す責任があります。それまでは、粗相のないよう、大切に育てなければなりません。

私が、出家して紀州高野山へ上るとき、菩薩様が作られた法歌があります。

 天地より 授けられたる御宝を
    高野の山に 送るうれしさ
  親と子の 縁となりし神の子を
    大師の御手に かえすうれしさ

神仏からお預かりした子を、ようやくお大師様(神仏)にお返しする日が来たという喜びを、ありのまま詠われた歌ですが、この歌を見れば、菩薩様のみ心には、神仏からお預かりした子はいても、わが子はいなかった事が分ります。

神仏という本当の親がいることを忘れ、「わが子だから、何をしようと親の勝手だ」と言って、虐待を肯定しようとする親もいますが、思い違いも甚だしく、これでは、神仏から、かわいい子をお預かりする資格はありません。


親と敬え妻子と思え


車に乗る時でも、「今日もこの車を、お守りさせて頂きます」とお祈りをして乗せて頂けば、事故にも遇わないという事です。

交通安全のお守りを車に付けている人が大勢いますが、お守りは、無謀な運転をしても事故を起さないよう守ってもらう為ではありません。「お守りをいただいた以上は、神仏にご心配をおかけしないよう、安全運転を心がけます。どうかこの車をお守りさせて下さい」と言って、安全運転を心がける為のお守りなのです。

お守りを車に付けるという事は、み仏の御分身を車にお迎えするという事であり、み仏がいつも一緒に乗っていて下さるという事ですから、無謀な運転や乱暴な運転をして、み仏にご心配をおかけしないよう、常に安全を心がけて運転しなければなりません。

菩薩様の法歌の中に、
  この車 親と敬え妻子と思え
    荷物背負わせ われが舵とる
 という法歌がありますが、車をただの機械と思って乗るか、それとも、自分の親や妻子と思って乗るかによって、運転する気持ちは大きく変わります。この車が親や妻子だと思えば、無謀な運転は出来ませんし、その思いが、取りも直さず、安全運転と事故防止につながっていくのです。

交通安全を願って、お守りをつけたり、ワッペンを貼る事も大切ですが、お守りやワッペンの意味を知って、車をお守りさせていただいてこそ、思いもよらぬ不慮の事故から守っていただけるのです。

履物を履く時でも、「こんなに重い体を支えてくれて、ありがとう」と一言お礼を言ってから履かせていただけば、履物は喜んで役目を果たしてくれるでしょう。

草履がなければ、裸足で土や石の上を歩かねばなりませんが、裸足でなど、とても痛くて歩けません。その痛みを、草履がすべて代わってくれていると思えば、たとえ草履ひとつにでも、感謝の祈りを捧げられる人間であってほしいものです。

要するに、一事が万事で、「信仰は片手間ですればいいのだ。食べていくのが先だ。お金儲けが先だ」と、目先の小欲に心を奪われるのではなく、信仰の心、感謝の心、祈りの心を忘れず、大欲の中で日々の生活が営まれていけば、仕事も商売も家庭も人間関係も、すべてうまくいくようになるのです。

何故なら、それが、魔術でも催眠術でもなく、古今東西変わることのないこの世の真理だからです。

合掌

平成24(1912)年8月8日

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(注1)『魔術』 が発表される2年ほど前に谷崎潤一郎が書いた『ハッサン・カンの妖術』という小説に登場するのが、魔術師のマテイラム・ミスラ君で、芥川龍之介は、この小説をモチーフにして、『魔術』の中にマテイラム・ミスラ君を再登場させたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注2)京都北麓の比叡山を根本道場とする天台宗の開祖である最澄に贈られた諡号。
最澄は、現在の滋賀県大津市坂本の地に生まれ、俗名を三津首広野(みつのおびとひろの)という。12歳の時に近江国分寺に入り、14歳で得度して名を最澄と改める。その後、比叡山に登り、一乗止観院(後の根本中堂)を建立して、天台教学を広める。
延暦23年、天台教学をさらに窮めんがため、空海と共に遣唐使船に乗って唐へ渡り、天台山に登って天台の奥義を修める。更に当時盛んであった密教を学んで帰国するが、2年後に帰国した空海の伝える密教の方が正統である事を知った最澄は、空海に密教経典の借覧を申し出て、二人の交友関係が始まる。しかし、密教を学ぶ為に高野山に残した弟子の泰範が空海に帰依した事や、理趣釈経の借覧を断られた事で、空海との交友関係は断絶し、以降は、天台教学の布教に生涯をかける。822年、比叡山で入滅。享年56歳。没後44年後の866年、伝教大師の諡号が追贈される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注3)武経七書と言われる中国の兵法書のひとつ。中国春秋時代の呉の王に仕えた思想家孫武の作とされる古今東西の兵法書のうち最も著名なものの一つである。

 

 

孫子(孫武)

 

(注4)四苦八苦とは、生老病死の四苦に、愛別離苦(あいべつりく・愛する人と別れなければならない苦しみ)、怨憎会苦(おんぞうえく・会いたくない人と会わなければならない苦しみ)、求不得苦(ぐふとっく・欲しても思うように得られない苦しみ)、五陰盛苦(ごおんじょうく・様々な欲望に縛られて生きなければならない苦しみ)を加えたもので、私達の人生は、苦そのものであると説かれた教え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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