不思議は世々に新たなり

昔から「不思議は世々に新たなり」と言われるように、摩訶不思議な現象はいつの世も絶える事がありませんが、地下水掘削と共に始まった現象も、まさにその好例と言っていいでしょう。

高野山法徳寺が開創された若神子(わかみこ)の聖地は、八ヶ岳の南麓に位置し、その地下には八ヶ岳を源流とする地下水(軟水)が流れているという話を聞いていたので、お参りされる皆さんに飲んで頂けたらと思い、平成17年8月早々、地下水の掘削工事をお願いしたところ、掘削を始めた八月初め頃から、不思議な出来事が起こったのです。

庫裏にある二台の洗面台の内、向かって左側の洗面台に置いてある歯ブラシ立ての中に、深さ一センチ程の水が溜っていたので、最初は、家族の誰かが歯ブラシの水を切らずに立てておいたのだろうと、余り気にも留めていませんでしたが、8月初めと言えば、夏の暑い盛りですから、毎日水を切らずに立てておいたとしても、それだけで一センチほども溜るとは考えられず、不思議に思っていたところ、同じ事が日を置いて二度続きました。

8月22日の朝、四度目となる水が溜っていたので、念のため家族全員に確かめたところ、全員から、歯ブラシの水はちゃんと切っているとの返事でした。勿論、洗面台の棚の上に置いてある歯ブラシ立てですから、それより下方にある水道の蛇口から水が入る事はあり得ず、家族一同が不思議に思っていたところ、その2日後の24日の朝、五度目となる水が溜っていたのです。

これによって、左側でなければならない理由がある事がわかったのですが、その理由が何なのか、その時は見当もつきませんでした。

そこで、二台の洗面台に置いてある歯ブラシ立てを左右入れ替えてみてはどうかと思い、今まで水が溜った歯ブラシ立てを右の洗面台へ移し、右の洗面台に置いてある歯ブラシ立てを左に移すことにしました。もし次も左側に溜るようなら、左側でなければならない理由があることになりますが、どちらに溜るか注目していたところ、その日の夕方に、六度目となる深さ一センチほどの水が溜っていました。溜っていたのは、やはり左側の洗面台にある歯ブラシ立てで、右の洗面台に移した歯ブラシ立てには全く溜っていなかったのです。

妙なる水の味わい

それまで歯ブラシ立てに溜った水は全部捨てていたのですが、どんな味がするのか一度みんなで飲んでみようという事になり、夕方に溜った六度目の水を家族全員でいただいたところ、今まで飲んだことのない味わいのお水でした。無味無臭なのですが、とても柔らかくて口に優しく、心の芯まで癒されるような味わいでした。

その後で水道水をいただいたところ、その違いは明らかで、塩素消毒されているからか、少し舌を刺す様な感じがするのです。と言っても、若神子の水道水が不味い訳ではなく、地元でも美味しいと評判のお水で、私達も毎日「美味しい、美味しい」と言いながら、いただいていたお水なのです。

ところが、歯ブラシ立てに溜ったお水をいただいた後では、水道水独特のカルキ臭さがどうしても鼻に付いてしまい、不味く感じるのです。それだけ溜ったお水の美味しさが際立っていた訳ですが、折角美味しいお水を頂くのだから、歯ブラシ立てに溜ったのをいただくのもどうかと思い、歯ブラシ立てのすぐ横に、グラスを置く事にしました。どちらに溜るのか見てみたいという好奇心と、グラスの方に溜って欲しいという期待感もありましたので、グラスに蓋をして置いておいたところ、その日の夜に、七度目の水が溜ったのです。

結局24日は、一日に三度も溜った訳ですが、驚いたことに、今度は歯ブラシ立ての方ではなく、蓋をしたグラスの方に溜っていたのです。家族全員が、世の中にこんな不思議なことがあるのだろうかと、顔を見合わせながら驚喜したことは言うまでもありませんが、胸の奥から込み上げてくる感動で、暫く震えが止まりませんでした。

菩薩様にお伺いを立てる

8月24日にグラスに溜ったお水は、その後もグラスの方に溜り続け、歯ブラシ立ての方には二度と溜りませんでしたが、何故か、9月9日の夜に二十回目となる水が溜ったのを最後に、溜らなくなりました。
九月に入ってから掘削作業も一段と進み、水が少しずつ湧き出し始め、掘削業者の方から水脈が近いようだと聞かされていたので、多分そのことと関係があるのではないかと思いましたが、どこまで掘ればいいのか、私達にはわかりません。一般的には、業者の方が今までの経験と勘で決められるのでしょうが、私達は、全てを見抜き見通しの菩薩様にお伺いを立てる事にしました。

「どうか、ここまで掘ればよいという所まで来たら、もう一度お水を溜めてお教え下さい」

そうお願いしたのは、水が溜らなくなってから三日後の9月12日でしたが、翌々日の14日に、再び水が溜っていたので、早速、業者の方にお話して、掘削作業を終えて頂きました。この時を最後に、水は二度と溜まりませんでした。

それにしても、何故このような不思議な現象が起ったのでしょうか。悟らなければならないことは山ほどありました。
先ず一つ目は、この水の正体です。水道水でないことは明らかでしたが、では一体この水は何なのか。
私の脳裏に浮かんだのは、この水が、地下水の掘削工事が始まるとほぼ同時に溜り始めたことでした。ということは、この水が掘削中の八ヶ岳の地下水である可能性が非常に大きくなりますが、常識的に考えれば、その可能性はゼロと言わざるを得ません。何故なら、まだ湧いてもいない地下水を溜めることなど、絶対に不可能だからです。
しかし、飲んだ水の味わいは、まさしく地下水(軟水)そのものであり、八ヶ岳を源流とする地下水と考えざるを得ませんでした。

誰が溜めたのか?

二つ目は、もしこの水が掘削中の地下水だとしたら、一体誰が溜めておられるのかと言うことですが、この様な不可思議を現せるお方は、世界広しといえども、お二人しかおられません。一人は、生き仏となって紀州高野山に御入定されたお大師様であり、もう一人は、お大師様より「入定せよ」との示現をいただかれて御入定され、お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様です。

生き仏様の神通力を以てすれば、まだ湧いていない地下水を歯ブラシ立てやグラスに溜めることなど、いとも簡単でしょう。菩薩様は常々「仏の通力を譬えれば、小指で富士山を持ち上げるようなものだ」と仰っておられましたが、まさにそのお言葉通り、神通力を以て、まだ湧いていない地下水を溜めて下さったのです。

それは、次の数字を見ても、明らかです。掘削した井戸の深さはちょうど百十三メートルでしたが、これは菩薩様が御入定なさった十三日に通じる深さであり、また水が溜った二十一回という数は、お大師様が御入定なさったご縁日なのです。この二つの数字を見れば、この度の摩訶不思議な現象が、お大師様と菩薩様によってなされている事は明らかと言えましょう。

謎を解く二つの手がかり

しかし、まだ大きな疑問が残っていました。それは、「何の為にこのようなお計らいをなさったのか」という事ですが、その疑問を解く手がかりが、二つありました。

一つは、その時、私の体に起っていた或る異変です。井戸を掘り始めてから半月ほど後の8月18頃から、左側の首から背中、肩、左腕にかけて、夜も眠れないほどの痛みと疼きが起きていたのです。病院で調べていただいたところ「多分首のヘルニアでしょう」との診断でしたが、首のレントゲン写真を見た時、そこに映っている頚椎と脊髄液が、まるで、いま掘削して頂いているボーリングのパイプのように見えました。そこで、私は、「この首の痛みは、いま掘って頂いている地下水と関係があるのではないか」と直感しました。

二つ目の手がかりは、私の体の異変と相前後して起きたもう一つの不思議な出来事です。首が痛くなり始めてから三日後の8月21日の朝、昇龍閣(客殿)にある屋久杉で作られた桜の寺紋額のガラス一面に、汗を流したようなしずくがいっぱい付着しているのを、偶然発見したのです。いま思えば、偶然と言うより、見つけさせられたに違いありません。何故なら、しずくが一面に付着した寺紋額を見ていなければ、グラスに溜った地下水の秘密を悟る事が出来なかったからです。

菩薩様は霊夢にて、灼熱の汗を流しながら升の中に凛とたたずむお地蔵様(身代り升地蔵菩薩様)を感得され、衆生の代苦者となられました。法徳寺の寺紋の一つに桜が使われているのは、桜が菩薩様を象徴する花だからですが、その寺紋額のガラス一面に、汗を流したようなしずくが付着しているのを見た時、私は、まるで菩薩様が衆苦の御汗を流しておられるように感じました。

翌22日、しずくを拭かせて頂こうと額を外して調べたところ、そのしずくはただの水ではなく、六千年前の屋久杉で作られた桜紋から出た油(樹脂)でした。しかし、油なら桜紋より下に滴り落ちなければならない筈ですが、油は、まるで桜紋から上下四方に飛び散ったかのように、ガラス一面に隈なく付着していたのです。常識的に考えれば、水であろうが油であろうが、寺紋から下に滴り落ちることはあっても、上に飛ぶことはまず考えられませんが、摩訶不思議な事に、その油は上下四方に満遍なく付着していたのです。

代受苦の御汗

私の体に起こった首から肩にかけての激しい痛みと疼き。汗を流したかの様なしずくが、ガラス一面に付着していた桜紋の額。 そして、グラスに溜り続けた地下水。

この三つの出来事が、すべて地下水の掘削作業と並行して起っていたことから、「この首の痛みと疼きは、菩薩様が受けておられる代受苦の痛みではないか。その事を教える為に、菩薩様を象徴する桜紋を通じ、代受苦の御汗が飛び散っている様を見せられたのだ」と悟らせて頂いたのですが、最大の疑問は、「何故、菩薩様が受けておられる代受苦の痛みを、いま私が頂かなければいけないのか」という事です。

実はこのお計らいの中に、地下水が21回も溜り続けた謎を解く鍵が隠されていたのです。そして、それは、代受苦を抜きにしては考えられなかったのです。

先ほど述べたように、菩薩様は霊夢にて、灼熱の汗を流しながら升の中に凛とたたずむお地蔵様を感得され、その汗が升から溢れて十方に光り輝いている光景をご覧になられましたが、代受苦に関係のあるお水と言えば、菩薩様(身代り升地蔵菩薩様)が代受苦によって流しておられる灼熱の御汗しかありません。そうだとすれば、相前後して起った二つの異変と、グラスに溜り続けた地下水を結び付ける結論は一つしかありえません。

即ち、菩薩様がグラスに溜められた水は、ただの地下水ではなく、菩薩様が代受苦によって流しておられる衆苦の御汗を意味する聖水であるという事です。一口飲んだ時に、心の芯まで癒されるような味わいを感じたのは、ただ口に優しい軟水だからではなく、お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様が流しておられる代受苦の御汗を意味する聖水だったからです。

もし、そのような尊い聖水だとしたら、易々といただけるものではありません。何故なら、菩薩様の代受苦の苦しみを誰かが代わって受けなければ、その聖水の裏に隠された菩薩様のご苦労の大きさを悟る事が出来ず、そのご苦労を悟らぬままで、代受苦の御汗とも言うべき聖水を頂くことは、余りにも勿体ないからです。

そこで私は、「首に頂いている激しい痛みと疼きは、医学的にはどうであれ、菩薩様の代受苦の御汗であるこの聖水を授けて頂く為には、どうしても受けなければならない痛みであり、耐え抜かねばならない行なのだ」と確信したのです。このお水が、代受苦によって流しておられる菩薩様の代受苦の御汗を意味する聖水であるとすれば、これ以上清らかで尊い水は、世界中どこを探してもありません。この聖水は、生き仏となられた菩薩様の衆生救済の一念で満たされた、まさに永遠なる命の結晶とも言うべき聖水なのです。

以前、寿法様が「人の罪や苦しみをすべて受けていたら、体が幾つあっても足りませんね」とお尋ねしたところ、菩薩様は「一旦苦しみや罪を受けるけれども、ざるで漉すように洗い流すから大丈夫だよ」と仰ったそうですが、この言葉からもわかるように、菩薩様は、ただ私たちの罪や苦しみを代って受け、汚れたまま御汗として流しておられるのではなく、ざるで漉すように、罪や苦しみを生き仏となられたその清らかな御法体で濾過した後、御汗として流しておられるのです。み仏の徳を象徴するあの蓮華が、一切の汚泥に染まらず染められずに、世にも美しい花を咲かせるように、菩薩様もまた、いかなる罪穢れや苦しみを代わって受けても、決してそれに染まらず染められず、あらゆる罪穢れを御法体で漉し、清らかな御汗として流しておられるのです。

高野山法徳寺開創の聖地の地下百十三メートルの深さより湧き出した地下水に、これほど大きな意味が込められていようとは夢にも思いませんでしたが、何より有り難いのは、この聖水が、飲ませて頂ける聖水であるという事です。紀州高野山へ行きますと、お大師様の御廟へ通じる参道の途中の「中の橋」という所に、「汗かき地蔵尊」と呼ばれるお地蔵様がお祀りされ、奥之院の御廟橋のたもとには、「水向け地蔵尊」と名付けられた何体ものお地蔵様がお祀りされています。
何故参道の二ヶ所にお地蔵様がお祀りされているのかと言えば、先ず中の橋で、お地蔵様が私たちに代って罪穢れや苦しみを背負い、灼熱の御汗を流しておられるお姿を拝ませていただいた後、奥之院の御廟橋のたもとで、お地蔵様にお水をかけさせていただいて、私たちに代って背負っていて下さる罪穢れを、灼熱の御汗と共に洗い流させて頂く為です。

奥之院のお地蔵様が「水向け地蔵」と呼ばれているのはその為すが、法徳寺の聖地から湧出した地下水は、ただお地蔵様にかけて罪穢れを洗い流す為のお水ではなく、口に含ませていただいて、体内から身も心も清めさせていただける聖水なのです。